森脇日記101
森脇日記101 2月21日・・・快晴
ゴールのそこには何があるのか、
47都道府県100人のランナーと走って、地球一周4万キロの距離をチーム走る男のランナーと走ったら宝物が待っていた、「達成感」、それも1人ではとてもできないことをみんなで協力すれば「不可能」が「可能」になるってこと、それを47都道府県の日本全国の走る男2の仲間で完走する、「充実感」。
地球1周みんなで走るぞって、考えてみれば架空の世界の話、でもいい大人たちが汗をかいて、コツコツと1周2キロのコースを真面目に走って距離を踏む、小さなお子さんもおじーちゃんおばーちゃんも初心者も上級者も北は北海道から南は九州まで全国のチーム走る男たちが走り出した、不思議だ本当に世界1周をみんなで力をあわせて目掛けて走っているようになってくる、健常者も障害を持った方も車椅子のかたもみんな仲間だ、
この日の京都は快晴で無風ときた、お天道様もこれ以上ないコンディションで全国の仲間を京都に迎えてくれた、地球1周まであと14000キロからスタートしたのが午前9時この時点でランナーは500人を超えたくらい、しかし昼前から続々と宇治の太陽が丘にランナーが集まりだして、ついには1300人を超えた、
みんなで走って途中河島翔馬君の走る男ライブや私の芸人仲間とお笑いライブや全国の走る男ランナーの紹介などのイベント休憩を入れて、小春日和の中、ステージも客席もリラックスしていた、私の「さぁー走りましょか・・・」のコールでスタート地点に移動をするランナーたちはなぜか笑顔・笑顔・笑顔・
なんだか良い空気だ・・・この空気がここ太陽が丘に充満している、
そしてチーム走る男たちは昨日までまったく知らない者同士だったランナー達が「走る」ということだけで仲良くなっていっておられる、やはり、そこには汗を一緒にかいて同じ目標にむかっている、そしてある程度の年齢になってくると友達ってできなくなってくる、でも確かにここで全国から来ているランナーとマッハのスピードで仲良くなっていくなんだか嬉しいものだ、お互いの声の掛け声は「頑張りましょう」
この言葉なんて、普段の生活をしているうえでよそ様に言ってもらえるような言葉じゃないです、でも言われたら「気持ち良い」ものです、「お互い頑張りましょう」エールの交換、非日常の世界が現実になり魔法がかかっていく、ついついもう1周走ってみるか・・・と言っていつもより多めに走った方が圧倒的に多かったみたいだ、なぜか、それは私も含めてこの空間を何回も楽しみたかったのです、たまたま試合に来てた少年野球の少年やご父兄さんにサッカー少女に少年に陸上部の選手たちや走る男スタッフたちが我々ランナーに「頑張ってください」と声をかけてくれる、走っていくうちにこの太陽が丘がひとつになっていくような感じがした、すごく優しくて温かい空気だ、
ゴールしたとき走る男2が完成した、
2009年3月1日京都をスタートしたこの番組の最終回は私たちが想像をしていなかった番組になって終わりました、この番組は走る男を支えてくれたランナーや応援してくれた方々が育ててくれました、スタッフも誰もこんなエンドになるとは・・普通は1年で完結が決まっている番組だったら、ゴールシーンも絵にかきながら番組をスタートするもんなんですが・・・やはり走る男は違いました、
主役は皆さんです、だから皆さんが走ってラストは皆さんで共に感動しないといけなかったのです、
走る男1のゴールは私1人が泣きましたが、この日はみんなで泣きました、
ええ年した男が最終回に泣く番組って不思議ですね・・でもそれが走る男2だったのです、この場をお借りして、47都道府県のランナーの皆さん「やりましたよ」
そして各地で世話役で動いてくれた方々、本当にありがとうございました
また、強豪陸上部の監督さんに選手の皆さん、本気で走っていただき感謝でした、現役はすごかったです、
走る男はこの春で終わるはずだったのですが・・・各放送局のプロデューサーがこの太陽が丘を見て終わらせるなっと判断がでまして、2010年度春も番組は続くことになりました、まさしく、チーム走る男のランナーたちがこの番組を存続させてくれました、また新しい命がもらえました、みなさんで大切、大切にこの新番組を大きくしていきたいです、
東郷Pが決めたタイトル「走る男F」を乞うご期待。
また走れることに感謝して・・・
チーム走る男主将森脇健児
京都府総合運動公園〈太陽が丘〉【京都府】14,000km
ランナー 1323名







































